朝起きたら、Appleから3つの新製品がリリースされていた。M5チップ搭載の MacBook Pro、iPad Pro、そしてVision Proだ。
リリースされた製品の詳細を見ているうちに、若いころの自分と今の自分で随分考え方や価値観が変わってしまったのだなと感じた。
若いころ、私はMacを「所有すること」に憧れていた。Proを買い、最新スペックを追いかけ、製品そのものに魅了されていた。同僚たちが車を買ったり海外旅行するのを横目に見ながら、私はMacを買っていたのだ。
これは、私が社会人になったばかりのころ、当時100万円を超えていたMacintoshが欲しくて欲しくて、でも買えなかった、という心の傷をずっと引き摺っていたからだ。
しかし、今は違う。私にとってMac(Apple製品)は、創作するためのツール、「物を書く」ための道具に過ぎない。
なので、結論から言えば、今回のM5製品は見送る。私の執筆に必要なのは、最新スペックではない。むしろApple製品をどう組み合わせて執筆のためのエコシステムを作るか、を考えるべきだろう。
例えば、私はまだ執筆にキーボードは必須なので、MacBook Airはなくてはならない。いわば執筆のための母艦と言える。ドラフト、清書、AIとのやり取りもObsidian保管庫に収められている。しかし、MacBook Proは必要ない。
iPad miniは、思考を文章に変える場所だ。音声入力で下書きし、Apple Pencilで推敲する。もはや執筆のエコシステムそのものだ。もちろん、電子書籍を読むためにも使っている。しかしこれも、iPad Proは不要だ。むしろiPad miniでないとサイズ的に私のユースケースには合致しない。
Apple Watch ULTRAは散歩中に浮かんでくる執筆のアイデアをその場でキャッチするための必要だ。今の私にとって散歩は重要なアイデアソースだし、考えを整理するジャーナリングの時間でもある。
執筆を末永くやっていくためには健康管理も大事だ。今の私にとって、Apple Watchは健康管理のためのデバイスであると言っても過言では無い。
AirPods Proは、移動中に本を耳で聴くために使っている。時間が足りないから、隙間時間も読書に充てる。
そのうち私の耳が遠くなったとき、補聴器代わりにもなってくれるだろう。
これも先日リリースされたAirPods Pro 3である必要は無いと思う。
もちろん、これからもAppleの新製品発表をワクワクしながら待つことは間違いないだろう。しかし、若い頃と違って、製品を「所有すること」よりも、何に使うかの方に興味が移ってきていることは間違いない。
今の私にとって、大事なのは製品そのものではない。
それで何を書けるか、だ。


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