いまや世界は台湾問題や、ロシアとウクライナの戦争よりも、トランプ大統領の関税政策の方で大騒ぎになっています。その政策の可否はともかく、第1期、第2期のトランプ大統領に感じていたことを書いておきます。
結論からいうと、トランプ大統領は政治家ではなくビジネスマンです。しかも、アメリカのビジネスマンで、かつ日本風にいえば「昭和の」ビジネスマンなのではないでしょうか。
数字ありき。成果が全て。プロセスや手段は選びません。当然、パワハラ、セクハラなどのハラスメントや環境問題、LGBTも意に介しません。そういったことは些細な雑事なのです。
彼を見ていると、商社時代のある時期に上司だった部長を思い出します。彼はわたしが勤めていた商社の中でも異彩を放っていたひとで、比較的慎重な人間の多い財務組織では浮くほどアグレッシブで、声が大きくて、強大な権力を持っていました。
その強大な権力の源は、成果です。かれが管轄しているプロジェクトやディールはことごとく成功し、大きな売上や利益を上げていました。その結果、だれも反論や意見をすることができない存在でした。
彼はいまであれば、おそらくパワハラで訴えられるようなことも平気でやっていました。課長をあたまごなしに、みんなの前で罵倒するのは日常茶飯事でした。見た目も鬼瓦のようなこわおもてで、彼がオフィスにいると、みんなが身を竦めるようにしていました。
もっとも、彼だけがそうなのではなく、当時わたしが所属していた部署は全体がそういう雰囲気でした。部長がそういうひとだからなのかは分かりませんが、鬼のような先輩がいて、よく電卓が、仕事ができない人間に対して投げつけられていたことを覚えています。
その部署は、会社の資金運用を一手に預かる部署で、国内外を問わず資金調達、運用を行い、当然、海外の資金も対象ですから、為替のディーリングもやります。コマーシャルペーパーがはじめてできた時期で、いわゆる金融ハイテク商品も大掛かりに扱っていました。
いわば、切った張ったの世界です。扱う金額がハンパないだけに、下手な証券会社よりもヤクザな世界だったかもしれません。わたしでさえ、100という3桁の数字を見ると、100円ではなく、1億円と頭の中で自動的に換算してしまうくらいでした。
この部長は、社員の誰からも怖がられていて、彼の部署にはだれも行きたがりませんでした。しかし、部署が部署ですから、優秀な人材が集められてきます。しかも、みんなどこかとんがった、ちょっと性格異常なんじゃないか、というひとばかりでした。
かれらは猛烈に仕事をしていました。会社に泊まり込むことは当たり前です。当時のリゲインという飲料水のコマーシャルで「24時間働けますか」というキャッチコピーがありましたが、まさに24時間働いていました。その激務のせいか、何人か亡くなったことも覚えています。
その部署にわたしが配属されました。びっくりしました。なんの実力も取り柄もないわたしが、この鬼部長の(直接ではないにしても)部下になったのです。新卒で入社して、たしか6年目か7年目だったと思います。
地獄でしたね。実は、わたし自身は、不思議なことに、この部長に怒鳴られたり怒られたりすることはありませんでした。ただ、他の人が罵倒されるのがしんどくて、かなり心が削られました。
毎日職場にいること自体が辛くて、とにかく周りのことが目に入らないように、デスクの上だけを見て、仕事に集中するようにしていました。冗談みたいな話ですが、宙を舞う電卓を避けるのもうまくなりました。
でも、部長は成果を出します。彼の部は常にトップの成績で、彼無しには会社の業績が危ういとまで言われていました。そういう意味では、凄い人なんだと思います。
当時、社内ではふつうに不倫が蔓延っていて、あの子はどこどこ部の部長と付き合っているとか、あの本部長と夜一緒にいるところを見たとか、日常会話のように噂されていました。実際、わたしも現場を見たことがあるので、それは事実だったのでしょう。わたしから見たら、当時の部長以上の連中は、軽蔑の対象でしかありませんでした。
しかし、この鬼部長は、一切そういうことはありませんでした。セクハラも一切ありません。わたしは彼が、ある管理職にストーカーされている部下の女性を助けたことを知っています。そういうことに対しては、潔癖なひとでした。
そんなひとが、仕事では鬼と化すのです。なぜ、彼がそのような仕事の仕方をするのか、わたしには分かりませんでした。ただ、わたしが入社10年目に最初の転職をするとき、上司がこの部長だったのですが、退職面接をしたときのことを今でも覚えています。
狭い会議室に二人きりでした。彼はなんとなく元気がないように見えました。哀しそうですらありました。
しばらく無言が続いて、彼が放った言葉は、細かいところまでは覚えていません。ただ、ワンフレーズ、「余人をもって代えがたし」という言葉が記憶に残っています。
彼が何を考えてそういうふうに言ってくれたのか分かりませんし、単に部下を引き留めるための常套文句だったのかもしれません。しかし、そのとき、わたしは気付いてしまったのです。このひとは、もしかしたらわたしと似ているのではないか、と。
彼は目的を達成するために全力を尽くします。そのためには手段を選びません。他人が自分をどう思うかなど些事です。女性に対しても同じです。「些細なこと」だから、彼にとって優先順位が無茶苦茶低いから、興味がないだけなのです。
転職後、しばらくして、彼が亡くなったことを風の噂に聞きました。ガンだったようです。
数年経ってから、わたしは管理職になりました。わたしが何も考えずにマネジメントをやると、彼と同じやり方をしそうで、怖かったです。部下や周りのひとから怖い、と言われると、彼のことを思い出します。わたしも彼と同じなのではないか、と自分を戒めるようになりました。
トランプ大統領を見ていると、彼のことを思い出します。彼は、典型的な「昭和のビジネスマン」でした。
トランプ大統領の中国に対する高額関税の導入と「貿易戦争」の展開は、成果主義的なアプローチの象徴です。「アメリカ・ファースト」を掲げ、国際的な協調よりも直接的な利益を追求する姿勢は、昭和時代の強引な商社マンである彼を彷彿とさせます。
ということは、トランプ大統領は、もしかしたらわたしに似ているのかもしれないと思ってしまうのです。彼の政策が正しいかどうかは分かりません。でも、たぶん彼は、何らかの目標や狙いがあって、手段を選ばずに、政策を打っている気がします。
凡人であるわたしには、その目標や狙いは分かりませんが。ただ、彼がわたしと同じ性格だとしたら、おそらく、いま彼がやっていることは何かもっと他のことのために環境を整えているだけだと思います。
たとえば、関税政策を介して為替や株の相場を操作して、自分の利益を上げることが目的かもしれません。あるいは、もっと高い立場から、関税政策を通して交渉力を強化して、今後予想されうる有事の事態に対して有効な手札を切れるようにお膳立てをしているのかもしれません。
わたしたちは、数ヶ月後、なにか驚くようなことを目にすることになるのではないでしょうか。
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