9月も半ばになったが、萩にはまだ夏が残っていた。
今日から萩に来ている。今回は2週間ほど滞在する予定だ。
残念ながら、相方と猫は、博多で留守番。相方は月曜から京都に行って「アーマードコア」のコンサートに行くらしい。
明倫館でバスを降り、コワーキングスペースで滞在中の利用手続きをとった。受付の女性は、どうやら私のことを覚えていたようだ。
連休明けから月次パスを使う方が10月に入ってもコワーキングスペースを長く使えるので良いですよ、とアドバイスをいただいた。だが、24日には博多に戻らなければならない。10月に来るのは恐らく月末になると思うので、構いませんよと手続きした。
明倫館のトイレに寄ってから家に向かおうと思ったら、久し振りに出会いがあった。
萩で家を見つけるのを手伝ってくれた「はぎポルト」の担当者の方だ。
彼らは、萩への移住支援をしてくれる。しかし市役所の職員ではない。一般企業を定年退職した方や、農業を引退した方などいろいろな人材がいる。私の担当になった方は、元銀行マンの非常に優秀な方で、全てがスムーズに事を運べた。
挨拶をすると、向こうも私のことを覚えていた。
どうですか、あの場所は良いでしょう?
私は、はい、もう毎月半分はこちらに来ています。毎朝町の中を歩き回っています。幸せです、と答えた。
それを聞いた彼も嬉しそうで、こちらまで嬉しくなった。
昼前に家に着いたので、いったん荷物を家に置いて、近所のスーパーに買い出しに行った。天気が余り良くないので、雨が降らないうちに行っておいた方が良いと判断した。
せっかく歩くなら、菊ヶ浜を歩きながら行こうと思い立った。
菊ヶ浜にはまだ夏が残っていた。蝉の声、打ち寄せる透明な波。指月山も島々も夏のころのままだった。
流石に人影はなく、夏の盛りと比べると寂しい風景だった。私は黙々と浜辺を歩いた。
心が満たされていくのが分かる。都会のハードワークでダメージを受けた自分の心が浄化されていくのが分かるのだ。
涙が出てきた。自分でもびっくりした。自然と、汗のように、目から涙があふれてきた。
きっと、私の前世は萩で生まれたか、何か強い縁を持った人間に違いない。
私は本当に萩が好きだ。
今まで人を心の底から好きになったことが無い私だが、この町が好きだと素直に言える。今まで出会った人たち、物事、場所、全ての中で一番だ。もはや愛していると言って良い。
浜からスーパーに向かう途中で、私は、萩が町で良かった、と本気で思った。萩が女性だったら——
この歳で道を踏み外してしまっただろう。生まれて初めて、そして最後の本気の愛に溺れていたに違いない。