龍を見た話

コラム

深夜から激しい雨が続いている。雷鳴で何度か目が覚めた。
浅い眠りを続けているうちに朝が来た。5時。雨は本降りになっており、雷も止まない。
今日の散歩は夕方に回すことにした。仕事も明倫館のコワーキングスペースでやる予定だったが、今日は家でやることにする。激しい雨の中を歩きたくは無い。

眠りが浅かったこともあって夢は見なかったが、昔、龍を見たことを思いだした。雷が鳴り止んだ瞬間の静けさが、昔の記憶を呼び覚ました。
あれは、小学2年生か、3年生のころ。夏休みに佐賀関の祖父母の家に泊まっていたときのことだ。
私は祖父母のことを「おふねのじいちゃん、おふねのばあちゃん」と呼んでいた。家の前がすぐ海だったからだ。祖父母の家は国道197号線沿いにあり、その道路を挟んで海と家が向かい合っていた。

夏は毎年祖父母の家に行くことが恒例だった。
その年は、大きな台風が佐賀関を直撃した。大人たちは昼間から雨戸を閉めて、夜に備えて食料や蝋燭を準備していた。一歩間違えば大災害もあり得たのだが、不謹慎ながら、子供心には遠足や大きなイベントのようで、正直ワクワクしていた。
そして、予報通り台風は直撃した。

家は大きな軋みを上げ、風雨が屋根も壁も叩き付けるように降ってくる。谷底にいるのでは無いかと思うほど凄まじい音がする。
夜も更けて、蝋燭は消された。いつも子供は2階の部屋に寝るのだが、風雨をまともに受けて揺れや音が酷く、とても寝ていられない。その晩に限って、1階の大広間にみんなで床を敷いた。合宿みたいだと思った記憶がある。

何時ころだろうか。私はなかなか寝付けずに、寝返りを何度も打っていた。大人たちは寝静まっている。
不思議なことに、音がしない。あれだけ吹き荒れていた風雨が嘘のように熄んでいる。廊下の奥にあったからくり時計の時を刻む音だけが聞こえていた。

私はそっと床を抜け出し、廊下に出た。廊下はガラス戸に面していて、当然その向こうは雨戸で締め切られている。
私は窓の鍵を外した。雨戸を少し開けて外を見た。

その瞬間、沖にある小さな島から、龍が天に向かって駆け上っていった。

私は身動きすることができなかった。金縛りにあったようだった。
龍は蜷局を巻くように渦を描いて昇っていき、天に達するときには一本の柱となっていた。
天に達すると龍は再び大きくその身体で輪を作り、何度か円周を描いてから雲の上に消えていった。

あれは、夢だったのだろうか? 冷静に考えれば、小学校低学年の子供が雨戸を開けることは出来ないような気もする。しかし、いま、この歳になっても、あの姿は鮮やかに蘇ってくる。そのときの空気、音、匂い、全てを感じることができる。それほどに現実味のある経験だった。

それからも何度か祖父母の家は台風の直撃を受けたが、私が龍を見たのは、たった1回、それっきりだった。

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