今年は熊の被害が日本全国で相次いでいる。
私が住んでいる九州にはなぜか熊は住んでいないが、ニュースをみていて大学時代の出来事を思い出した。
あれは2年生の夏休みだったと思う。私は叔父と一緒に、郷里の山に入っていた。
叔父は有害鳥獣駆除に従事していて、猪の駆除に同行したのだと記憶している。深い山の中を、ライフルを抱えた叔父の後をついていった。
私は当時、夏休みになると、山に籠って空手の修行をしていた。近くに大きな滝のある小屋があって、そこを夏休みのあいだ使わせてもらっていた。
2週間ほど、そこで寝起きし、朝は暗いうちからランニング、自重トレーニング、基本や型を繰り返す。午後は本を読んだり大学の課題をしたりしていた。夕方になるとまたトレーニング。暗くなると就寝するという生活だ。
その夏は叔父が山に入ると聞いて、同行させてもらった。自分としては山歩きで足腰のトレーニングをしようとしたのだと思う。
山に入って2時間ほど歩いたとき、凄まじい獣臭がした。頭がクラクラするくらいの強烈な匂いだったことを覚えている。
目の前に子供の猪を連れた母猪がいた。出会い頭で、お互いに動きが止まったような気がした。
叔父は銃を持ち直した。山歩きをしているあいだは銃に弾込めしない。事故を防ぐためだ。
親猪がこちらに突進してきた。叔父の装填は間に合わない。
私は思わず前に向かって走っていた。猪に向かってだ。
直進する猪の脇をすり抜けて、同時に抱える。身長180cmの私でも抱えきれないほどの大きさだった。猪の毛が、針のように頬に刺さった。
一緒に横倒しになって、猪の動きが一瞬止まった。
私は必死に猪のこめかみを殴っていた。
何回殴ったか、どのくらいの時間が経ったのか覚えていない。
気づいたら、猪は動かなくなっていた。
後になって叔父からはこっ酷く怒られた。
メスの猪でも子連れは獰猛で危険だ。それにいきなり組みついたのだ。叔父は肝を冷やしたらしい。
オスでなくて良かったな。オスだったら牙で脚の動脈を裂かれていたところだ、と叔父が言ったことを覚えている。
当時猪は田畑を荒らす害獣だったし、人的被害も多かった。
叔父は猟友会に属していて、それからも依頼を受けて何度か山に入ったわけだが、2度と一緒に連れて行ってくれることはなかった。
子供の猪がどうなったのか、親猪をどう処理したのかは全く覚えていない。
ただ、あの凄まじい臭いと、体毛の痛さが記憶に残っている。
いまそんなことをしたら、私も動物愛護派の方々からごうごうたる非難を浴びることになるのだろうか、などと考えたりした。

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