私は上杉謙信が好きです。どのくらい好きかというと、20年以上前からTwitterのアカウント名は「ken4in」としていたくらいです(清水さんが「shi3zu」と書くのと同じ発想ですね。今はTwitter改めXはやめてしまいましたが)。
戦国大名には有名無名様々な武将がいるので、この好き嫌いの話を始めると、飲み屋で野球や宗教の話をするのと同じになってしまいます。私の場合、単に父が戦略家の武田信玄が好きだったので、子供心に反発心みたいなものがあって、そのライバルの謙信が好きになったのかも知れません。
その想いに拍車がかかったのは、津本陽の『武人の階』を読んだことがきっかけです。ここで描かれている謙信はストイックです。信義を重んじる感情の強い人でありながら、戦さに関しては合理的な戦術を取るクールな武将として描かれています。
若い頃の私は、謙信にハードボイルドの主人公のイメージを持っていたのでしょう。レイモンド・チャンドラーやダーシル・ハメットが描く、熱いハートをクールな鎧に包む、あの探偵たちと同じものを感じていたのだと思います。
当然、謙信に関する書籍は、大学の先生が書いた論文や史料など、当時手に入るものは読み漁りました。その時出会ったのが、海音寺潮五郎の『天と地と』でした。
今回、本当に30年ぶりにこの本を読み返しましたので感想を書いてみます。
ちなみに、角川映画で「天と地と」という映画が公開されましたが、これはもう原作とは別物と言っても良いでしょう。謙信を演じたのは榎木孝明でした。イケメンでとてもカッコ良かったですが、当時の榎木さんだと私の抱いていた謙信のイメージとは異なりました。
この映画、謙信は渡辺謙がやることになっていたのですが、病気のため降板したのでした。大河ドラマ「独眼竜政宗」で渡辺謙ファンになった私の先入観があったのかも知れません。榎木さんについては、は私は歳をとってからの方が素敵だと思います。ショーン・コネリー的な意味で。
またヒロインの及美が浅野温子でしたから、これもイメージがだいぶ違いました。当時「あぶない刑事」などで人気を博していたから起用されたのかも知れませんが、果たして正しかったのかどうか……。カナダで大規模な合戦のロケを敢行したのは良いんですが、肝心のエキストラたちが棒立ちで、途中で観るのが辛くなりました。
正直に告白すると、原作も、『武人の階』で描かれた謙信とイメージが違いすぎて、私の中では無かったことになっていました。今回読み直してどうだったか。
残念ながら印象は変わりませんでした。私が歳をとった分、感じ方も違うかなと思いながら読み進めましたが、この小説の女々しい上杉謙信は、やはり私には合いませんでした。
小説としては面白いと思います。ちょっと藤沢周平の小説のような情緒や趣があって、謙信が生身の人間として描かれています。『武人の階』は少々人を超越してしまっている感がありましたから、こちらの方が良いとおっしゃる方もいると思います。
ただしかし、個人的には海音寺潮五郎の小説としては結構大味というか、緻密さに欠けるなぁと感じたのも確かです。途中でいきなり何の説明も無く、謙信の名前が景虎から政虎に変わったり、前半の丁寧さに比べると後半の駆け足でバッサリ終わってしまうような展開も、らしくないなぁと感じました。この本を読む前に『孫子』を読んだので余計そう感じてしまったのかも知れません。
冒頭に書いた私の謙信に対する勝手な思い込みが、そう感じさせたのかも知れません。勝手に私が私の謙信像を作り上げていたのですね。北方の守護神である毘沙門天の生まれ変わりである不敗の武将。そのイメージがハードボイルドの主人公たちのイメージと重なり、融合してしまったのでしょう。
私にとって上杉謙信は、私が作り上げた偶像の「ken4in」だったのかも知れません。