最近の小説執筆のプラットフォームはDraftsであると言っても良いと思います。ひらめきやアイディアの捕捉から初稿の執筆まで、ほぼ全てのプロセスをDraftsで管理しています。
特に散歩中に浮かんだアイディアを捕捉するツールとしては、Draftsしかソリューションが無いと言っても過言では無いです。Apple Watchで瞬時に起動して、口頭でメモができる素早さは何物にも代えがたいです。
一方で、執筆そのものについてはまだ迷いがあります。以前も使ったことがあり、今でもいろいろなところで目にするObsidianというエディタです。Markdown形式をサポートするエディタとしては、使い勝手も拡張性も群を抜いています。
今回、私の執筆にとって、どちらのツールが良いのか、比較してみました。執筆スタイルは人それぞれなので、あくまでこの結論は、私のスタイルに適したものであることをあらかじめお断りしておきます。
「Drafts is where text starts」──このシンプルな標語に、Draftsの全てが集約されています。Draftsは、思考を文字化する最初の一歩、つまり「入り口」に特化したツールと言えるでしょう。
Draftsの最大の特徴は、その圧倒的な起動速度にあります。アプリを開けば即座にキーボードが表示され、ユーザーは一切の躊躇なく文字を打ち始めることができます。これは「ひらめきを逃さないデジタルメモ術」で提唱される「メモの入り口1つの原則」を体現しています。すべてのテキストは一旦Draftsに集約され、その後、適切な場所へと振り分けられていくと考えるべきでしょう。
この設計思想は、創作における「発想の瞬間」を重視したものです。小説を書く者にとって、ふと浮かんだセリフや情景描写、キャラクターの設定といった断片的なアイデアは、まさに創作の種子です。Draftsは、そうした貴重な種子を確実に捕獲し、後の加工を可能にする「受け皿」として機能します。
実際の使用例を見ると、先に書いたとおり、外出先でのひらめきをApple Watchで捕捉する、会話の中で聞いた印象的な言葉、夢うつつの状態で思い浮かんだプロットの断片をiPhoneやiPad miniでメモするなど、あらゆる創作の素材がDraftsに流れ込んでいきます。そして強力な「Action」機能により、それらの素材は一瞬でiCloud、OneDrive、あるいは他の執筆ツールへと送信されるのです。
一方、Obsidianが提供するのは、まったく異なる創作体験です。もしDraftsが「入り口」なら、Obsidianは「建築空間」と言えるかもしれません。ここでは、収集された素材が有機的に結合し、複雑で立体的な作品世界が構築されていきます。
Obsidianの核心にあるのは、「第二の脳」という概念です。これは単なるメモアプリの枠を超えて、人間の思考そのものをデジタル空間に再現しようとする試みと言えるでしょう。WikiリンクやBacklink機能により、ノート間に複雑な関係性が生まれ、まるで人間の記憶のように情報が相互参照されます。小説執筆において、この機能は革命的です。キャラクター設定ファイルから本文へのリンク、伏線の管理、世界観の詳細設定──これらすべてが一つのエコシステムとして機能しえます。ある執筆者は「このキャラ、どんな口調だったかしら?」という疑問に対して、本文執筆中に瞬時にキャラクター設定ページにアクセスできると報告しています。
さらに、Obsidianの高度なカスタマイズ性は、作家の個性に応じた執筆環境の構築を可能にします。日本語小説向けの字下げ設定、ルビ対応、文字数カウント、バージョン管理──プラグインとCSSカスタマイズにより、まさに「自分だけの執筆工房」が完成するのです。Canvas機能による視覚的なプロット管理も特筆すべき点でしょう。複雑な人間関係、分岐する物語展開、時系列の整理など、従来のテキストベースでは困難だった作業が、直感的な操作で実現されます。
しかし、この二つのツールの違いは、単なる機能の差ではありません。それぞれが異なる創作スタイル、異なる作家の資質に対応しているのだと思います。
Draftsを愛用する作家は、おそらく「瞬発力」を重視します。アイデアの新鮮さ、思考の流れるような展開、直感的な文章構成──これらを大切にする作家にとって、Draftsの「考える前に書く」アプローチは理想的です。
実際、あるユーザーはDraftsについて「一度この速さを体感すると、やめられなくなる」と表現しています。この速度感は、創作における「フロー状態」の維持に直結します。余計な操作に煩わされることなく、純粋に文章に集中できる環境こそが、多くの作家が求めているものなのかもしれません。
対照的に、Obsidianに移行した作家からは興味深い報告がありました。「執筆速度は前の環境より落ちているが、手ごたえがある」と言うのです。これは重要な示唆を含んでいます。速度の低下は、必ずしも効率の悪化を意味しません。むしろ、より深く、より構造的に物語を構築する過程で、自然に生まれる「熟考の時間」なのです。
Obsidianで小説を書く作家は、「プロットやキャラクター設定、本文がバラバラになりがち」という従来の問題を、リンク機能とプラグインの力で解決しているようです。この統合的なアプローチは、特に長編小説や複雑な世界観を持つ作品において、その真価を発揮するのでしょう。
結局のところ、DraftsとObsidianの選択は、作家の創作哲学そのものを反映していると言えます。
Draftsを選ぶ作家は「書くことによって考える」タイプかもしれません。彼らにとって、文章は思考の結果ではなく、思考のプロセスそのものです。一字一句を練り上げるよりも、まずは言葉を紡ぎ出し、その流れの中で物語を発見していくのです。
一方、Obsidianを選ぶ作家は「考えることによって書く」傾向が強いのではないでしょうか。綿密な設定、複雑な構造、多層的な物語──これらを重視する作家にとって、Obsidianの提供する「建築空間」は不可欠な創作環境となります。
もちろん、これは単純な二分法で捉えてはいけないのでしょう。多くの作家が実際に行っているように、両方のツールを併用することも可能です。アイデアの初期段階ではDraftsで素早く捕獲し、本格的な執筆段階ではObsidianで構造的に組み立てる──このようなハイブリッドアプローチも、現代の執筆環境ならではの選択肢です。
さて、それでは、私はどうすべきでしょうか。上記で書いた2つのタイプのうち、私は前者に属するように思います。つまり、「書くことによって考える」タイプです。書きながらアイディアをまとめ、書きながら構成を組んでいく。事前にプロットは作るものの、アウトラインで構造化することはしません。
その意味では、Draftsの方が適していると言えるでしょう。実際、今の運用に不満はありませんし、これでほぼ一作長編を書き終えています。執筆ツールとして何を使うべきかは、実際にそれで何が創作できたか、で問われなければならないと思います。そういう意味では、アイディア出しや創作に関する壁打ちをするClaudeとの組合せでこの2か月ほどで初稿を書き終えそうであるという事実に鑑みると、やはり私にとってはDraftsのみの運用で十分と言えるのでは無いでしょうか。
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