最近、新卒者の内定辞退や退職代行サービスについてのニュースをよく目にするようになりました。季節的なものだと思いますので、5月を過ぎたあたりから話題にもならなくなると思いますが、ちょっと思うことがあったのでここで書いておきます。
退職代行サービスというのは、働いているひとの退職手続きを代行するサービスで、もともとは労働組合や弁護士法人が行っていましたが、最近、民間事業者が参入して、ビジネスとして成立してきたものです。
こういうサービスがビジネスになるほど盛んになってきた背景には、年功序列の会社秩序が崩壊して転職者が増えたこと、会社側の強制的な引き留めや人事管理があるといわれています。これは日本社会が大きく変化していることを示す一つの現象といえるでしょう。
退職代行サービス自体にも、はたしてその行為に法的な退職の意思表示を見いだせるのかとか、依頼者の代わりに退職の意思を会社に伝えるという行為が、そもそも弁護士法に違反するのではないかとか、問題を抱えています。しかし、それはおいておいたとしても、わたしが別に気になることがあります。
転職自体はいま始まった現象ではなく、それこそ数十年前から行われてきたことですし、新卒の内定辞退も昔からあることです。それ自体はどうこういうものではないと思います。むしろ、転職も内定辞退も、自分の人生を賭けているのだから、他人から非難されるようなものでもありません。
ただ、ちょっと気になっているのが、そういう人生の転機に、退職代行という、ある意味他人にだいじなことがらを任せてしまう、その心の持ち方に違和感を覚えるのです。もちろん、会社の管理や圧迫が強くて、その依頼者の人権が脅かされるようなケースは別です。
そうでない場合、こういうサービスを安易に使うことは、避けるべきではないでしょうか。どのような場合でも、断ることや約束を守れないことを伝えるのは人にとって言いにくく、辛いものです。しかし、それから逃げたい、楽をしたいという思いが少しでもあるなら、それはやめたほうがよいです。
なぜならば、逃げ癖、というのはつくものだからです。一度逃げると、次も逃げるようになります。この精神的な逃亡の連鎖は、そのひとのこころを大きく損なっていきます。そのときは一時的な安心を得られるかもしれません。しかし、つねに心の中の奥底で澱んで消え去ることはないでしょう。
ひとというのは弱いものです。でも、逃げてはいけません。逃げることは、自分自身をダメにします。腐らせます。そのひとの人生を卑屈なものにしてしまいます。
わたしも新卒の時には内定辞退をした会社もありますし、転職もなんども経験してきました。内定辞退のときの嘘のようなエピソードがあります。
辞退することをその会社に告げに行くと、昼ご飯に誘われたのです。高級料亭に連れて行かれて、個室に案内されました。そこで、注文もしていないカツ丼を、無言でいきなりスーツにぶちまけられました。それでもわたしは、辞退の理由をていねいに説明してその場を後にしました。帰りの電車の中でシミの付いたシャツをじろじろと見る周りの目が気になったことを覚えています。
幸い、転職のときはトラブルらしいトラブルにはあっていません。わたしの転職が人脈によるものだったからかもしれません。とはいえ、上司に辞めることを伝えるのは勇気がいりましたし、辛かったです。でも、きちんと理由を説明し、できるだけ引継ぎなどで迷惑をかけないように全力を尽くしました。
内定辞退した会社は、その後、会社が潰れてしまいましたが、辞めた会社のかたがたともいまも縁は切れていません。ときどき、食事をしたり、飲んだりしています。いまでは当時のことが笑い話になるほどです。
繰り返しますが、断ることから逃げてはいけません。それは、かならずあなたのこころを蝕みます。あなたの人間としての価値を下げます。すくなくとも、わたしは人生の転機に自分の手でケリを付けられないような無責任なひととは、一緒に仕事したくないと思います。
自分の転機に腹を括れないひとは、大事なひとを守ることができないからです。かならず大事なひとを裏切り、捨てることになります。これは、決してひとごとではなく、わたし自身もそうならないように自戒したいとつねに考えています。
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